中国の歴史は混乱→短期政権→長期政権の順でサイクルしている

中国の歴史を勉強している。そうすると混乱→短期政権による改革→それを踏襲した長期政権の順でサイクルしていることに気づく。

・第一のサイクルは、周→春秋戦国時代→秦→漢

・第二のサイクルは、漢→三国・晋・16国・南北朝時代→隋→唐

日本でも同じようなサイクルはあり、例えば室町時代→戦国時代→織豊政権→徳川政権が該当すると考えられる。

 

短期政権はドラスティックな改革を行い、長期政権は完全ではないがその改革を踏襲する

ポイントは、短期政権である秦、隋、織豊政権は全てドラスティックな改革を行ったことである。ドラスティックな改革は建国のカリスマが実行し、彼らが死んだ時に反発した集団により政権が覆される。ただ、新しい政権は全てをもとに戻そうとはしないで、短期政権と過去の政権の中間を取る。時代に揺り戻しはあるが、時代がもとに戻ることはなく、螺旋階段ではあるが高さが違うのと似ており、止揚したという言葉がふさわしい。

例えば漢は春秋戦国時代以前に戻そうとはせず、必要な法制・財政・政策などはのものを踏襲した。ただし、宗教については儒教を国教化し、ある程度周の時代によりそっていることがわかる。

無理に時代を戻そうとした事例として、前漢を滅ぼした新は周の時代に戻そうとした政権で合ったが、時代に合っておらず異民族の侵入で直ぐに滅びた。その他にも、ナポレオン戦争後のウィーン体制も同様で、王政に戻そうとしたが民主主義への波を止めることはできなかった。

 

ここから学べること

短期的なドラスティックな改革には必ず反発する力もあり、ゆりもどしが起きるリスクがある。しかし、完全に時代を戻すことはなく、止揚したものになる。